緩和ケアについて学びを深めております。
1年かけて、様々な観点から緩和ケアについてみんなで話し、気づきを得る時間です。

知識としての教養はもちろんありますが、感覚の部分を言葉にし共有すること。
セラピストとして、ヘルパーとして、人間として。
とても貴重な時間を、共にする皆さんと笑い合いながら、この深い深いテーマを旅しております。

この度「人生の最後にどうありたいか」と言う話をゲーム形式で話し合いました。
そう、ゲームという軽い感じで語り合うのが、とても楽しいです。
いいのです、この軽い感じで話せる事はとてもおすすめです。

自分の両親にも聞いたりしたり、自分の中でも本当によく考えてみた結果

自分が忘れていた価値観

が蘇り「そうだった、そうだった〜」と思う部分と、「昔はこんなこと考えてなかったなあ」と新しい自分に気づく事も多々ありました。
そして、家族の中ではやはり先に旅立つ予定である父や母の想うところも、軽い感じで楽しく聴けることは、すごく新鮮で送る側になるだろう私にとってはとても良い機会でした。

若い頃は、自分の周りの死は日常的ではなく、特別な事であり、悲しい事であり、残念な事(本当は残念なんてことは思いたくもないですが)と思われる事が多く、その話をする時には、触れてはいけないのではないかという琴線があって、避けてしまう事が多々ありました。

心の中では、想う気持ちはあるけれど、口にするのはいけない。
何て声をかけたらいいのか分からない。
そんな事を考えていたのかなあって思います。

自分自身が、死に対して「恐怖」しかなかったから、そうゆうことしか考えられなかったのかなあ。

私はヘルパーの仕事柄、亡くなる方やそのご家族にお会いする事が増えてきました。
未だに、なんと声をかけていいのか分からない事も多いですが、話をする事は、決してタブーではないって、すごく感じるようになりました。

まだお元気な方が話すこと
もしかしたらもう長くはないだろう時に話すこと
亡くなってからご家族と話すこと

数ヶ月のスパンでも、声の掛け方は変わってきますが
素直に感じたことを聞いたり話したりすることは、すごく心が安らぐし、軽やかになる。
自分の経験からも、そう思うようになりました。

そして、避けることはしなくなりました。

気を遣って気付かぬふりをすることの方が、お互い少し苦しいのではないか。
話す話さないは、相手に委ね、私は聴く姿勢を常に持ちたいと思うし、
聞かれたらたくさん話したいと思うようになりました。

緩和ケアの中では、死について話すことはタブーではないそうで、むしろ死について話すことは必要とされており、積極的に話す事がおすすめされているそう。

まだまだ死に直面していないうちに、軽やかに話すこと。
それは、身近な人の一面に出会えて、実はとても楽しい瞬間だったりします。

その方が生きてきた人生は、どんな人生も尊いから

たくさん話そう。
死について話すことは、素晴らしい道のりを生きてきた話。

素晴らしい、安らぎの時間です。

犬にも、聞いてみたいもんだ。

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